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三学四師との内観対話:ドラッカー博士とのインサイトダイアローグ8

「成果は有能さではなく、市場におけるリーダーシップによってもたらされる。」(創造する経営者:P7)だとドラッカー博士は警告する。

「いかに優秀な有能な人間でも、先見性と未知開く勇気が無い者は成果を出せないのだ。」と私は痛感した。

 

まさに現代の大企業を象徴しているではないか。

これだけ優秀で有能な人材を数万人集めていながら、リーダーシップを発揮できないが故に30年間も日本経済は停滞し続けている。

これは、時間と資金と人材の莫大な浪費になっているのだ。

 

経営者が市場を読み誤っているから、内部留保はするが積極的な事業投資は渋る。先進国の中での順位を毎年ひたすらに下げていながら、いつかはきっと返り咲くと「無意味な妄想」に取り付かれているのだろう。

 

もうこのままでは日本は先進国の中で生産性最低水準に低迷するのは時間の問題だろう。

 

「有能さ=頭の良さ」と、「リーダーシップ=先見性や勇気」は全く正比例しない。頭の良さは知識だが、先見性や勇気は責任感が根底にある。そもそも集団同調の特性が強い日本は無責任社会だ。不祥事に手を染めた経営者が「前任者の責任だ」と平然と言っている異常な国である。

「悪を知りつつ平然と前例通りを行う」社会には、市場のリーダーシップは担えまい。

 

恐らく我が国の経営者の最大の問題点がそこにある。自己認識の甘さである。 全責任を背負っていると言う自覚がないのではないか?

集団合議すると、トップは免責されるわけではないはずだ。恥ずかしい状態が続いている。

 

私の元職のグループ会社の経営者トップは「不正会計を私は6年間も知らなった。」と言い訳した人物。社長以外が全員知っていて、社長がその不正を知らないはずがない。もし本当に知らなかったならば、それは経営者ではなく「お飾り」だったとも言えよう。

この経営者も有能であったに違いない。成果を出すには、有能さよりもリーダーシップである。そして、その本質は「責任感」である。

 

ドラッカー博士:有能な犯罪者では困るだろう。成果は、むしろリーダーシップ=市場への責任感によるものだ。

著者自身:これは企業の人事評価の基準が「対前年の業績比較」と言う継続的な物差しでしかないからでしょう。

ドラッカー博士:それじゃ、市場の変化や顧客の要望はどうなるのだ。マーケティングはそこに注力するべきだろう。

著者自身:物差しが対前年の業績比較しかないのですから、新規事業も何も評価はできません。成果はいかに既存市場での競争に勝ったのか?と言う一点になり兼ねません。

ドラッカー博士:それはマネジメントではないなぁ。やがて行き詰まることだろう。じり貧は必至だ。

著者自身:そうですね。正にじり貧が我が国の産業界の実情です。アメリカや中国との競争に負けて、ひたすら価格破壊に巻き込まれています。2021年辺りには、その限界が迫っていると予測します。

ドラッカー博士:市場のリーダーシップを推進する経営者はいないのか?中にはいるだろう。

著者自身:いますが、現経営者は「アベノミクス」の恩恵を被り、過去の財産を食いつぶしています。もう間もなく過去の財産が食いつぶされると、さっさと逃げ出すでしょう。そこからが我が国の産業界の再建です。

ドラッカー博士:もう間もなくだなぁ。市場のリーダーシップが無ければ、2021年以降は、企業組織の存続はないだろう。

著者自身:そうですね。企業の内部留保で5年間程度は延命するかもしれませんが、その先は存続できない可能性があります。

ドラッカー博士:知識社会はその頃に成立するだろう。つまり前年対比ではない。新規創造の事業を構想する人が待望されるな。

 

次回はこの「知識社会」に関する内観対話をお送りします。モノや金の資本主義ではもはや限界に到達して、より人間的な新しい「知識社会」が実現してくるのでしょう。乞うご期待下さい。

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