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三学四師との内観対話:中村天風先生とのインサイトダイアローグ4

 

「哲人(てつじん)赤子のごとし、大人(たいじん)の対接態度は凡人のごとし」と天風先生は言う。

「長老のように賢く、赤ん坊のように純真な人が最も優れた人物なのだ」と私は恩師の言葉を想起した。

 

両方ともに同じ真理を伝えている。つまり、人間力の高い人は決して偉ぶらないし、むしろかなり素朴なのだということである。

私が師匠の一人とであった第一印象は「あれっ、ただの爺じゃないか?」と。

自分よりも30歳以上も離れた正に爺さん。(私は当時42歳)

しかもやけに子供っぽいというか、偉そうではない。「OK猫」といつもじゃれて遊んでいる。傍から見ると、とても成功者とは見えなかったのである。畑を耕したり、休みには一日釣りをしていたり。しかしこの師匠からの「半年間」はその後の私の人生そのものを劇変させるきっかけになる。私はその師を敬意こめて「半年師匠」と呼んでいる。厳しい個別指導の6か月間。毎日が剣豪の修行のような「記録内観」の日々。どれほど凄い人物なのかは、私が証明するしかないだろう。

 

天風先生:お前の「半年師匠は、私の頭山満先生のような人じゃないか?」実に素晴らしい師匠との出会いがあったのだな。人生はな。3人の人との出会いで決まってしまう。

著者自身:3人とはどういう立場の3人でしょうか?ぜひお教えください。

天風先生:まず「親」になろう。親の命を譲り受けて生をこの世に受けたからな。次に「伴侶」になろう。人生を伴走するからな。そして最も得難き人は「師匠」なのだ。

著者自身:師匠にもいろいろありますよね。学校の先生や塾の先生や社会に出てからの経営者とか著名人とか、どれを師匠と指しているのでしょうか?

天風先生:師匠とは「我が命の使い道を示した人」を指すのじゃよ。何か知識や技術を教わるのではなくて、生き方つまり使命感を気づかせてくれた人なのだ。

著者自身:そうですね。半年師匠は「純」という名前の如く「純粋に一途に人間教育の道を切り開け!」と命じてくれました。

天風先生:偉大なる師匠だな。頭山満先生もそういう偉大な人物だったよ。頭山先生のことを孫文(のちの中国革命指導者)はこう評した。

「あれだけポーとしていながら、誰でもあの人の言うことを真剣に聞き実行して、いざとなれば師匠の為には自分の命さえ捧げるような弟子に囲まれている。」(孫文の頭山満評)

著者自身:そうなのですね。半年師匠も同じでした。

天風先生:川の深みは決して波立つことはない。川の浅瀬はいつも波立っている。そうだろう。偉大な人物は、深い川の流れのようなものだ。泰然自若として大物の器とは、“大きく”て“広く”てそして“温かい”…相手を自然と包み込んでしまう受け止め幅のある人の事なのだ。

著者自身:どうすればそのような器になっていけるのでしょうか?

天風先生:誰よりも目の前の相手(お前)を理解して、誰よりもその(お前の)活かし方を洞察し、ただ一言“この道を征け!”と命を賭けて伝える。その全責任を担う覚悟があるかないか、全身全霊で一人の弟子に命懸けで関われるかどうかだな。命懸けで指導してくれた師匠には弟子も命懸けで応えるものだ。

著者自身:明治大正昭和の時代ならば、そういう師弟関係はあり得たかもしれません。しかし平成の現代にはとてもそのような師弟関係は無理かと思います。

天風先生:いつの時代も師弟関係は変わらない。ただし現代の師となるものが、“我が人生を語ることが出来ていない”だけだ。

語るべき人生を、その苦難と歓喜のドラマをそのまま語れば良いのだよ。

著者自身:大きく広く温かく、相手を包み込むような器になるとは、自分自身が一生懸命に生きた生きざまを語ることなのですね。

天風先生:そうだ。自己自身に生き切れと言う事に他ならない。

著者自身:分かりました。自信を持って生きてきた半生を語ります。

 

確かに半年師匠の教えは「全てが体験談であった」と思い起こした。

自己を原点として自己を生き切る。自己を語る。それしか自分のできることはない。借り物ではない本物とは、結局自分のありのままを伝えることに他ならない。

 

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